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好きな言葉達。 引用掲載に当たって、改行などの多少の編集を加えています。
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ものすごく落ち込んで、自己嫌悪を通り越して自己憎悪。
度重なると、どうにもならなくなる。
わかっていたけれど、自分は勤めに向いていない。
人を思いやらないし、嫌われ易い。才能も能力も持っていない。
つまるところ、この世界の駄目な人間。

極端な話だけれど、このままじゃ憎悪では済まない。
もっと苦しくなって、私を殺したくなる。
今までも、何回もそんなことがあった。

心さえなければ、って思っていた。感情を抑えれば何とかなるって。
結局、どうにもならなかった。
殺さなければならなかったのは、この性格やら外見やら全部。
生きるって難しい。

でも、死にたくない。生まれ変わりたい。
その努力をしてる? してない…方法がわからないの。

『卵の殻を破らねば 雛鳥は生まれずに死んでいく
 我らは雛だ 世界は卵だ
 世界の殻を破らねば 我らは生まれずに死んでいく
 世界の殻を破壊せよ 世界を革命するために』

(少女革命ウテナから 生徒会メンバーの台詞)

私は生まれずに死んでいく雛なのかもしれない。
自分に革命を起こせない者には、この世界で生きる権利がないのかも。
それでも無理に生きるためには、巣の隅にへばりつき、じっと息を潜めるか、
世界そのものを壊すしかないのかな。

ずっと壊したかった。自分が間違っているのに、世界に責任転嫁していた。
でも、壊せる力もないし、壊したら悲しむ人がいる。
だから、辛うじて壊せない。

どうしたら良い? 答えなんてない。
巣か、破壊か、第三の選択か――それが存在するのだろうか。
今言えるのは一つだけ。私はこの世界に向いていないってコト。
そして、どの世界においても、それは同じということ。

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『掴まるのが厭で 自由人を気取っていたけど
 誰の腕も取れず 息絶えてくのは
 怖かった ひとりはいやだった』

(天野月子 『Stone』の歌詞から)

どんなに孤独を愛したフリをしても、寂しさを忘れることはできない。
一度知った人の温もりを消してしまうことなんて、できない。
愛されたくて足掻いて、愛されなくて心に引き篭もって。

自由は束縛の逆意じゃない。
誰かがいてくれるからこそ、本当に自由自在になれるのかもしれない。
この世界で、独りでは生きていけない。
絶対に誰かと誰かが繋がって、世界を創っているから。
だから、私とあなたが出逢うこの世界を、どうか怖がらないで。

愛されたいと思うことと、空を飛びたいと願うことは矛盾しない。
自由は独りの同義じゃないから。
誰かに愛されてこそ、叶わない飛翔を望んでいる。

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昨日、嵐山⇒北嵯峨をウォーキングして来て、
思わず立ち止まったのがこの言葉の前。
嵯峨の奥、山道を少し上った所にある化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)。
たくさんの無縁仏の石碑を前にして
何気なく貼ってあった一枚のポスター。



「子ども しかるな  来た道だ
 年より わらうな  行く道だ」


ごもっとも、とうなずくと同時に、
こんなにも無視されてることってないんじゃないだろうか、と
ちょっと切なくなった。
だからこそ、私は立ち止まったんだろうな。

デジカメでこのポスターを撮った私を見て、
隣に立って見ていた高校生くらいの子が、
自分も携帯電話で撮っていた。
あの子も何か感じることがあったんだろうな。
話を交わしたわけでもないけれど、
何となく彼女と連帯感を(勝手に)感じていた。

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『欲しいものなど手に入れたら ただのガラクタになり
 忘れられて ゴミと化す
 お気に入りを集めて 組み立てて殻を作るほど
 不安ばかり消せなくて』

(天野月子『箱庭~ミニチュアガーデン~』から)

 欲しいものは手に入れる過程が楽しい。
 あるいは、手に入れた結果を想像するのが楽しい。
 実際に得てしまうと、その輝きは失せてしまう。
 
出逢いも同じ。
 知り合うまでは楽しいけれど、一緒にいると、
 つまらないんだろうと思う時がある。
 そして別れたら、また価値を知る。

 得る前と失った後にこそ、価値がわかるものなのかもしれない。

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「生きているということは、心をもっているということです。」
(くぼしま りお著『ブンダバー2』より)

 当たり前のことなのに、すぐに忘れてしまう。
 喋るネコと生きているタンスの話じゃなくたって、
 人間同士だって、同じこと。
 相手の気持ちをわかったような顔をして、
 本当は何一つわかることなんてできない。
 だから、お互いに確かめ合うことが大切で、
 だから、その手段としての言葉が必要なんだ。

 当たり前過ぎて、すぐに忘れてしまう。
 でも、絶対に忘れてはいけないこと。

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「わたしたちは、その時代の人間としてしか生きられないのだろうか。」
「変わるって難しいことだ。成長するって、大変なことだ。
 でも、わたしはがんばって生きていくぞって思う。」

(桜庭一樹著『赤朽葉家の伝説』から 赤朽葉瞳子の独白)

 同じ日本という国に住んでいながら、大人は子どものことがわからない。
 子どもは大人にわかってもらえなくて、不貞腐れている。
 どうしてだろうと不思議に思い続けていた私に教えてくれた。
 生まれ育った時代が違えば、考え方だって自ずと違う。
 だから、ぶつかり合うし、理解できない。
 それでも、頑張って共存しなければならないのだ。
 当たり前のことなのに、どうして理解できなかったのだろうか。

 人のせいにしては駄目。
 自分の意志で、自分の未来を切り開けるほど、私は強くないんだから、
 少しは時代に身を任せる覚悟を決めなくてはね。

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「人間は家族の中で強い者が弱い者を助けることを当然としているのに
 学校へ行くようになると、もう、そうではなくなってしまう。
 勉強で競争するようになり、その競争に勝った者が
 大人になってからいい生活ができるようになるんだ、と言われる。
 これは悲しいことである。
 本当は勉強のできる者は、勉強のできない者を助けてやるべきなのだ。
 そして、みんなでできるようになるべきなのである。」

(佐藤忠男『戦争はなぜ起こるか』から)

 生徒に「何で勉強せなあかんの?」と聞かれると、
 私は「受験に必要でしょ」とか
 「いい学校に行くため」としか言えない。
 私は小学生の時から仲間意識が希薄な子どもで、
 性格も悪いし、常に転校生だから、すっごく嫌われていた。
 だから、勉強は常にできる子でいようとして、
 それが私のアイデンティティだった。
 私にとって唯一で、そして社会的に友好な武器だった。

 私は勉強のできない子の面倒をみることが、苦ではなかった。
 放課後に一緒に勉強したり、追試をみてあげたりすることで、
 私は友達面していた。
 子供心に「私って嫌な人間だな」と思っていた。
 それでも、感謝されれば嬉しいし、
 そんなことがきっかけで本当に友達になれた子もいた。

 勉強ができることは武器だった。
 でも、やっぱりそれっておかしい。
 そして、そんなものを武器にするのが当たり前な、
 今の日本社会はもっともっとおかしいと思う。

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「私はだいじょうぶだよ。そんなに心配せずとも。
 こういう思いには慣れているのだから」

(梨木香歩作『丹生都比売』より 草壁皇子の独白)

 どんなに世を荒んで見ていたとしても、
 自分の親が自分を殺すとわかった時に、
 こんなに穏やかに諦めてしまう子がいるだろうか。

 私は草壁の母、鵜野讃良皇女はすごい人だと思っている。
 きっと強い人だった。
 だから、彼女が実の息子を殺したのであれば、
 それは政治的意図もあってのことだと思う。
 でも、そうまでしなければならない弱さもあったのだと思う。

 そう思ってみて、ふと私は考えた。
 最近、児童虐待が注目された始めているけれど、
 その被害者の子供達は、
 もしかして、もしかすると
 こういう気持ちで死んでいくのではないだろうか。

 世の中には強い人間ばかりではない。
 どうしょうもなく弱くて、
 自分の不甲斐無さを子供にぶつけてしまうことは、
 決して珍しいことではない。
 全てを諦めて、親の弱さを受け止める虚しさ。
 そんなもの、子供の背負うものじゃない。
 子供の背負うものじゃないのに……

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「時間を意識し、時を刻んだ瞬間から、
 人は時間に縛られてしまった。
 時間に追われると人は言うが、時間は人など追いはしない。
 こんなちっぽけな生き物など、時間には関係ないからな」

(久能千明著『タイトロープダンサーSTAGE3』から ガネーシャの台詞)

 一日24時間という区切りの中で、私達は生きている。
 その尺度は造られたものに過ぎないのに、
 まるで時計は神様のよう。
 バスが来ない、学校に遅れる、締め切りに間に合わない。
 全部時間を基準に考えている。
 社会に沿おうとして生きる結果、苦しみもがいている。

 アフリカに住んでいた頃を思い出す。
 現地の人達は時計を持たない。
 朝早くに食事を執り、来たバスに乗り込み、
 夕方日が暮れるまで働いて、夕食をとって眠る。
 そんな基本的な生活を私は失ってしまった。

 時間に囚われてしまっている、今の私。
 もがいているのに、抜けられない。
 そんな社会でしか生きられないし、そんな世界にしか身の置き場がない。
 不思議。私は今いる世界に適合できない。

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 柴田さんの作品を読んでいて、すごいなって思うこと。
 それは人を「働きたい」っていう気分にさせること。
 ぐうたらでちゃらんぽらんで面倒くさがりな私でさえ、
 「働くっていいのかも」って思わされちゃう。

「あたしが上を目指してもがき苦しむことで、
 細く頼りないものではあってもそこに道ができる。
 その道をのぼって来るたくさんの、来年のあたし、
 五年後のあたし、十年後のあたし、未来の、あたし。
 あたしの予備軍の為に、ここで立ち止まるわけにはいかない。」

(柴田よしき『ワーキングガール・ウォーズ』から 墨田翔子の台詞)

 人生って自分のものだけじゃないんだよね。
 後輩の見本になるような人間になって初めて、一人前。
 そんな人間じゃなきゃいけないんだよ。
 だって「今」には絶対戻れないんだもん。
 でも、伝えることはできる。
 「今の私と同じ立場」に置かれた「誰か」になら。
 

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