「人間は家族の中で強い者が弱い者を助けることを当然としているのに
学校へ行くようになると、もう、そうではなくなってしまう。
勉強で競争するようになり、その競争に勝った者が
大人になってからいい生活ができるようになるんだ、と言われる。
これは悲しいことである。
本当は勉強のできる者は、勉強のできない者を助けてやるべきなのだ。
そして、みんなでできるようになるべきなのである。」
(佐藤忠男『戦争はなぜ起こるか』から)
生徒に「何で勉強せなあかんの?」と聞かれると、
私は「受験に必要でしょ」とか
「いい学校に行くため」としか言えない。
私は小学生の時から仲間意識が希薄な子どもで、
性格も悪いし、常に転校生だから、すっごく嫌われていた。
だから、勉強は常にできる子でいようとして、
それが私のアイデンティティだった。
私にとって唯一で、そして社会的に友好な武器だった。
私は勉強のできない子の面倒をみることが、苦ではなかった。
放課後に一緒に勉強したり、追試をみてあげたりすることで、
私は友達面していた。
子供心に「私って嫌な人間だな」と思っていた。
それでも、感謝されれば嬉しいし、
そんなことがきっかけで本当に友達になれた子もいた。
勉強ができることは武器だった。
でも、やっぱりそれっておかしい。
そして、そんなものを武器にするのが当たり前な、
今の日本社会はもっともっとおかしいと思う。
学校へ行くようになると、もう、そうではなくなってしまう。
勉強で競争するようになり、その競争に勝った者が
大人になってからいい生活ができるようになるんだ、と言われる。
これは悲しいことである。
本当は勉強のできる者は、勉強のできない者を助けてやるべきなのだ。
そして、みんなでできるようになるべきなのである。」
(佐藤忠男『戦争はなぜ起こるか』から)
生徒に「何で勉強せなあかんの?」と聞かれると、
私は「受験に必要でしょ」とか
「いい学校に行くため」としか言えない。
私は小学生の時から仲間意識が希薄な子どもで、
性格も悪いし、常に転校生だから、すっごく嫌われていた。
だから、勉強は常にできる子でいようとして、
それが私のアイデンティティだった。
私にとって唯一で、そして社会的に友好な武器だった。
私は勉強のできない子の面倒をみることが、苦ではなかった。
放課後に一緒に勉強したり、追試をみてあげたりすることで、
私は友達面していた。
子供心に「私って嫌な人間だな」と思っていた。
それでも、感謝されれば嬉しいし、
そんなことがきっかけで本当に友達になれた子もいた。
勉強ができることは武器だった。
でも、やっぱりそれっておかしい。
そして、そんなものを武器にするのが当たり前な、
今の日本社会はもっともっとおかしいと思う。
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