ずっと無邪気なままでいたい。
何のしがらみも学ばずに、伸び伸びと生きる自由が続けば良い。
幼い頃からの願いは決して叶わないもので、
心を縮こませている今の私がいる。
『陽射しに向かって 何も期待せずに
この空の下で 無邪気に背伸びする
そんなはずだったの 私に似ているから
拾い上げて そっと口付け
失くしたくないと思う』
(倉木麻衣『いつかは あの空に』の歌詞から)
いつかは諦めてしまう幼い願い。それを失くしたくないと思う。
願いが叶うなんて、そんな高望みはしないから、
せめて気持ちだけは忘れたくない。
たったそれだけの、小さな祈り。
倉木麻衣 『いつかは あの空に』
作詞 : Mai Kuraki 作曲 : Aika Ohno
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何のしがらみも学ばずに、伸び伸びと生きる自由が続けば良い。
幼い頃からの願いは決して叶わないもので、
心を縮こませている今の私がいる。
『陽射しに向かって 何も期待せずに
この空の下で 無邪気に背伸びする
そんなはずだったの 私に似ているから
拾い上げて そっと口付け
失くしたくないと思う』
(倉木麻衣『いつかは あの空に』の歌詞から)
いつかは諦めてしまう幼い願い。それを失くしたくないと思う。
願いが叶うなんて、そんな高望みはしないから、
せめて気持ちだけは忘れたくない。
たったそれだけの、小さな祈り。
倉木麻衣 『いつかは あの空に』
作詞 : Mai Kuraki 作曲 : Aika Ohno
学校という場所は壁によって周囲から隔離されているだけでなく、
ある特定の世代しか普通は立ち入ることのできない、限定された世界である。
そこから離れるということは、一種の解放であると同時に、
今まで守られてきた自分が自立して、自らを守っていかなければならないという、
一種の試練の始まりだと思う。
『離れていてもね 忘れはしないよ
矛盾抱いて震える日も 君の歌を歌って』
(TWO-MIX 『GRADUATION』)
旅立った後に訪れる数々の試練に耐える力となるのが、
学校という狭い世界の中で培われた思い出ではないだろうか。
あの時も苦しんことはあったけれど、
あの過去がなければ、外の世界に出た今の自分は、
守られていないという現状に耐えられない。
学校とはそんな風に誰もが思える場所でなければならない。
思い出を口ずさむことで、過去の自分と対話する。
思い出に今を重ね合わせることで、少しは強くなった自分を自覚する。
すべての人にとって、学校はそんな場所であって欲しい。
ある特定の世代しか普通は立ち入ることのできない、限定された世界である。
そこから離れるということは、一種の解放であると同時に、
今まで守られてきた自分が自立して、自らを守っていかなければならないという、
一種の試練の始まりだと思う。
『離れていてもね 忘れはしないよ
矛盾抱いて震える日も 君の歌を歌って』
(TWO-MIX 『GRADUATION』)
旅立った後に訪れる数々の試練に耐える力となるのが、
学校という狭い世界の中で培われた思い出ではないだろうか。
あの時も苦しんことはあったけれど、
あの過去がなければ、外の世界に出た今の自分は、
守られていないという現状に耐えられない。
学校とはそんな風に誰もが思える場所でなければならない。
思い出を口ずさむことで、過去の自分と対話する。
思い出に今を重ね合わせることで、少しは強くなった自分を自覚する。
すべての人にとって、学校はそんな場所であって欲しい。
『終わりなどはないさ
終わらせることはできるけど』
(ポルノグラフィティ『アゲハ蝶』の歌詞から)
人生の始まりは誕生ではないと思う。
人によるけれども、自分が生まれる前の(例えば親の)記憶を共有すれば、
それはその人にとって人生の始まりだと思う。
生まれたての時の記憶なんてないんだから、
自分に残っている記憶の始まりが、人生の始まりだとも言える。
つまりは、それぞれの意識次第。
人生の終わりもまた、意識次第で終わる。
死後の記憶は共有できないけれど、
肉体的に死ぬ前に、人生を精神的に終わらせることはできる。
人生は勝手に終わるものではない。
ここでお終いっていう線引きを自分や、時に他人がつけることで終了する。
他人がつける例の一つが葬式なんだと思う。
それは心の線引きのために行われる儀式。
終わりは人為的にもたらされる。決して自然界の神の御技ではない。
終わらせることはできるけど』
(ポルノグラフィティ『アゲハ蝶』の歌詞から)
人生の始まりは誕生ではないと思う。
人によるけれども、自分が生まれる前の(例えば親の)記憶を共有すれば、
それはその人にとって人生の始まりだと思う。
生まれたての時の記憶なんてないんだから、
自分に残っている記憶の始まりが、人生の始まりだとも言える。
つまりは、それぞれの意識次第。
人生の終わりもまた、意識次第で終わる。
死後の記憶は共有できないけれど、
肉体的に死ぬ前に、人生を精神的に終わらせることはできる。
人生は勝手に終わるものではない。
ここでお終いっていう線引きを自分や、時に他人がつけることで終了する。
他人がつける例の一つが葬式なんだと思う。
それは心の線引きのために行われる儀式。
終わりは人為的にもたらされる。決して自然界の神の御技ではない。
小さい頃から踊るのが好きだった。歌うのが好きだった。
誰かに「私」という存在を見つめていて欲しかった。
普通、そういう態度を目立ちたがり屋と言うけれど、
私の場合は少し違うと思う。
私は普通にしていても、十分に目立つ子どもだったし、今でもそうだ。
ただ、私は幼い頃から感じていたのかもしれない。
自分は変わり者であるふりをしていることを。
そうやって、周囲の人を試し続けていた。
だって、信用できないから。
「優れたダンサーは優れた人間関係という財産を持っています。
それを持たないダンサーは、いつしか消えていくのではないかと思います。」
(森下洋子『バレリーナの情熱』から)
人間が一流の人かどうかは、その人の精神にかかっているのではないだろうか。
こういう言葉を自然に出せる人が、私には一流だと思う。
そんなことで確認しなくとも、著者は私の憧れの芸術家だが。
どんなに優れた素質を持っていても、磨かなければただのクズ。
せっかく磨いて能力が開花しても、
それを生かせる人間関係を持てなければ、それはゴミだ。
プライドの塊になって、一生の邪魔になるだけだ。
この世で最も難しく、そして不可欠な才能。
それは人間関係を上手く築くことに違いない。
誰かに「私」という存在を見つめていて欲しかった。
普通、そういう態度を目立ちたがり屋と言うけれど、
私の場合は少し違うと思う。
私は普通にしていても、十分に目立つ子どもだったし、今でもそうだ。
ただ、私は幼い頃から感じていたのかもしれない。
自分は変わり者であるふりをしていることを。
そうやって、周囲の人を試し続けていた。
だって、信用できないから。
「優れたダンサーは優れた人間関係という財産を持っています。
それを持たないダンサーは、いつしか消えていくのではないかと思います。」
(森下洋子『バレリーナの情熱』から)
人間が一流の人かどうかは、その人の精神にかかっているのではないだろうか。
こういう言葉を自然に出せる人が、私には一流だと思う。
そんなことで確認しなくとも、著者は私の憧れの芸術家だが。
どんなに優れた素質を持っていても、磨かなければただのクズ。
せっかく磨いて能力が開花しても、
それを生かせる人間関係を持てなければ、それはゴミだ。
プライドの塊になって、一生の邪魔になるだけだ。
この世で最も難しく、そして不可欠な才能。
それは人間関係を上手く築くことに違いない。
いまでもずっと探している。
自分のことを本当に理解する誰かに出逢えることを。
幼い頃と何一つ変わらない。
でも、一つだけ変わったことがある。
今の私は知っている。誰もが孤独な演技者だということを。
『僕をありのまま映してくれる鏡が
広い世界のどこかにあるよ
誰もが美しい仮面をつけ 涙を隠して舞い踊る
僕は生きているんだと ここで生きていくんだと
そして生きていたんだと いつしか誇れるように』
(ナナムジカ 『僕達の舞台』)
誰もが孤独な戦場で、私は今日もまた旅に出る。
仮面の下に心を隠して、「私」という人間を演じ続ける。
社会という名の戦場は、誰もが悲しい戦士であり、
誰もが美しい演者なのかもしれない。
自分のことを本当に理解する誰かに出逢えることを。
幼い頃と何一つ変わらない。
でも、一つだけ変わったことがある。
今の私は知っている。誰もが孤独な演技者だということを。
『僕をありのまま映してくれる鏡が
広い世界のどこかにあるよ
誰もが美しい仮面をつけ 涙を隠して舞い踊る
僕は生きているんだと ここで生きていくんだと
そして生きていたんだと いつしか誇れるように』
(ナナムジカ 『僕達の舞台』)
誰もが孤独な戦場で、私は今日もまた旅に出る。
仮面の下に心を隠して、「私」という人間を演じ続ける。
社会という名の戦場は、誰もが悲しい戦士であり、
誰もが美しい演者なのかもしれない。
子どもは喧嘩をする生き物だと思う。
自分の意見を表現する術がわからずに、体全身で叫ぶ。
それは正しい争いだと思う。
小さな争いから学ぶことで、人間社会で生きていく術を学ぶのだから。
でも、大人の争いは醜い。
節度を知っているくせに知らないふりをする。
そんな卑怯者達のせいで、どれだけ多くの子どもが傷つけられていることか。
「あなたたち大人が、少しでも責任を全うしてくれたら、
少しでもやる気を見せてくれたなら、
ほんの少しでも他人を思いやる気持ちを見せてくれたなら、
あの子たちも普通でいられたんです」
(『新機動戦記ガンダムW エンドレスワルツ』 ドロシー・カタロニアの台詞)
どうして子どもが大人のせいで戦わなければならないのか。
どうして子どもが大人の戦いの中で傷つかなければならないのか。
子どもが死ぬ。大人によって殺される。
子どもが死ぬ。大人によって心を殺される。
どうして終わらないのだろう。
わからないエンドレス・ワルツ。
止めなければ。まだ子どもの心を知る者の手で。
自分の意見を表現する術がわからずに、体全身で叫ぶ。
それは正しい争いだと思う。
小さな争いから学ぶことで、人間社会で生きていく術を学ぶのだから。
でも、大人の争いは醜い。
節度を知っているくせに知らないふりをする。
そんな卑怯者達のせいで、どれだけ多くの子どもが傷つけられていることか。
「あなたたち大人が、少しでも責任を全うしてくれたら、
少しでもやる気を見せてくれたなら、
ほんの少しでも他人を思いやる気持ちを見せてくれたなら、
あの子たちも普通でいられたんです」
(『新機動戦記ガンダムW エンドレスワルツ』 ドロシー・カタロニアの台詞)
どうして子どもが大人のせいで戦わなければならないのか。
どうして子どもが大人の戦いの中で傷つかなければならないのか。
子どもが死ぬ。大人によって殺される。
子どもが死ぬ。大人によって心を殺される。
どうして終わらないのだろう。
わからないエンドレス・ワルツ。
止めなければ。まだ子どもの心を知る者の手で。